背後の暗い森をご覧いただきたい。ある日、ウォリーの声がけでクランベリーリバーに向う。そこはスキーナ水系より北に位置するNASSリバーの支流でアラスカのボーダーにさらに迫ろうという場所である。キスピオクスはジャイアントスティールで有名だが、NASSのスティールはキスピオクスのスティールを食うと囁かれる、そんな野生が棲む奥地の水系である。クランベリーが小さい川といっても侮れない。
キャンプ地から約2時間、アラスカ国境へ向かって走る。次第に木の密度が高くなって、ハイウェイの両側ともみっしりと埋まった森が並走する。川への入り口なき入り口に駐車、釣竿を手に雀躍してウォリーの後について獣道に入っていく。
よろしい。ここにはまだ自然がある。日本では子供のときの森はすべて住宅に変わったけれど、ここにはまだある。人間の足跡がまれな森がある。もっぱらグリズリベアが通っているらしく、つい先ほどといいたい産直の足跡が先行して川に向かっている辺り、さすがである。釣りは早々にたたんだ。理由はお分かりでしょう。釣れたけれど終いにした。
ハイウェイだけが森を貫いていて他には何もないといいたいところだが、1ヶ所、マッシュルームピッカーの集会所らしいテントがポツリとあり、よし、今が松茸のシーズンならばとウォリーは林道にハンドルを切る。かつて軽くあぶって醤油をつけて食べたさわやかな香りと軽快な歯ごたえがにわかに思い浮かんできた。
ウォリーがいなければ決して踏み入れることのない森の中に入る。中は見知らぬ惑星のようである。思いのほか明るく感じられるのは林床に綺麗な緑色のコケが広がっているせいだろう。しかし見上げても空はほとんど見えない。森の中に光がさしている様子もほとんどない。50m先は闇のようである。
「よし、探せ」下を向いてうろうろし始めた。どこだどこだ、ないない。。。たちまち、方位感覚を失った。自分が一体どこにいるのか、2,3分で迷ってしまったのである。20mほど向こうの、真っ暗になりかけている辺りにウォリーの背中が見える。恐怖して走った。
「今俺たちどこにいるんだ?、どこから入った?どうやって森からでる?」
アウトドア派だのナチュラリストだのいわれることが本当にお笑い種である。たかだか森の中に数十歩入った程度で迷子のうろたえぶりだったのである。そしてたちまち自分を失いかけ、出口なき森をさまようことに恐怖したのである。
ウォリーは私のうろたえなどどうにでもよく、その直後に3本の巨大なマツタケを発見、地表からむしりとった。
「あっちだ」と指をさすほうに黙って付いていく。ものの数十歩で外に出ることができた。。。
「俺はこの森で育ったからな」
このとき、自分の持っている自然感覚などたかが知れていると思い知らされた。以来、自然の中では謙虚にならざるを得ないのである。