スティールヘッドの川から離れることになって寂しくなる。空港に立って寂しくなる。バンクーバーに向かう飛行機の中で、あの時間に既に戻りたくなる。日本に着いて、もうあの時間のことを想う。また365日ほど待ち続けなければいけないようです。
今年、到着時の川は釣りにはもってこいの状態でした。ところが相変わらず、始めの数日は心の乱れを治すのに手一杯で、ここの自然とのズレを修正するのに時間がかかり、水の状態が良かった貴重な時に釣りが釣りにならずに過ごすことになってしまいました。魚は得られず、その後は3日間雨が降り、途中したたかに降り込まれ、川はデータ上では水位と水量でシーズン最高を倍以上更新する流れになってしまいました。バビーン方面からの流れにも濁りがはっきりと現れ、バルクレイ方面からの流れは魚の呼吸が危ぶまれるほどの茶色です。サスクワを確認しましたが、水の色は何とかなりそうでも水流は人が寄り付けるものではありませんでした。釣人達は右往左往を始め、結局ところどころの橋に集まり、絶望的に川を眺めつつ周辺の具合を報告し合います。よく知るキスピオクスのみがどうやら釣りが許されそうでした。
今年も天候に恵まれなかったけれど、最後の日は増水のさなか晴れ渡りました。キスピオクスの下流は相変わらず色付きの水だったというのに、上流はクリアウォータが始まっていて、雨に洗われて森全体が爽やかに。流れに立って高い木々に囲まれ、透明で清らかな空気に日が差し込む時間は思い出に残ります。
ここで釣りをするとき、その相手は世界最大クラスの可能性を秘めています。他の川より一年多くこの森の流れで過ごした魚は、海に下った際に遊泳力と捕食能力が一段上で、特別に成長する可能性を秘めているようです。そんなスティールヘッドが帰ってくることを想像して川に立ちます。必殺の一尾が水底で目を爛々と輝かせている。視界にダークトーンのフライが静かに漂よえば、ゆっくりと止まっている場所を離れ、グッとフライを押さえ込んでくる。それは根掛かりのように感じる可能性があり、魚と分かってその後、四時間の戦いが待っているかもしれない。この川には釣師の夢を紡ぐ時間があって、その川をこれから後にしなければいけないなんて。そんな時間は必ず来てしまうものです。
最後のランで、この川を味わいつつキャストし、スウィングしていると、対岸の藪がガサガサと音を立て始めました。黒クマです。紅葉の中の漆黒美には目を凝らさずにはいられないもの。その漆黒は崖のエッジを弄り、水に降りる場所を探し当てて降りてきたのですが、対岸に釣師がいるにもかかわらず、入水して泳ぎ渡り始めました。頭の中で素早く計算し、このまま流れに乗って渡ってくれば、今自分がいる場所にたどり着くことは間違いなさそうです。慌ててラインを回収し、上流側に15mほど移動しました。私の前を流れ過ぎる時、こっちを見て様子を伺い、下流を見て上陸する場所を伺い、水面から出ている鼻がしっかり見え、チャプチャプと泳ぐ水音が耳に入ります。浅瀬に出てきて水を切る音は大きすぎるくらいの距離で、それでも思わず一歩前に出て近づきたくなったのですが、黒クマは時にグリズリーより危険と言われます。余計なことはせず、静かに見守って納めたのがこのビデオです。
こんな驚きの遭遇がこの川に魅力を追加してしまうワケですよネ。