引き締める

日本でイージーな釣りを繰り返していると、海を越えて母国語でない国の大自然の中に出かけていくことに実は億劫を感じたりして、つくづく精神に綻びが生じていると思っています。(ここでいうイージーは自身の安近短についてで、決して国内でのフライフィッシングを否定するものではありません。)水は低きに流れ人は弱きに付く、とはよく言ったものです。怠惰であり堕落。自分を顧みていつからそんなになったのかと疑いたくなります。愛すべきスティールヘッドとその自然が危機に瀕していることを知るにつけ、ソワソワするしかないものでしょうか。

2021年は過去最低の遡上を更新し、パンデミックで多くのエイリアンフライフィッシャーは釣りを控えざるを得ない状況でした。2023年も過去最低同様の遡上で、どうなっているのだろうかと気にならないではいられません。ここは思い切って行くか?そう思って円安物価高の中で最安チケットを物色し始めたのですが、遡上のデータは見るも無残でグラフの線は一向に上向かず、サポートする環境団体はネット上に厳しい話を掲載、そしてそれを繰り返します。やっぱり行かない方がいいんじゃないか。いや、やっぱり行くべき。迷いに迷いながら釣果が大事な釣り人ではなくお気に入りの自然を案ずる1人としてエイヤでエアチケットを購入しました。その後もスティールヘッドに悪い話ばかりで、実際キャンセルを確認したのですが、わずか1%のリファンドであるとこを知らされ、腹を括りました。行こうと。行くのだと。

スキーナ フライフィッシング

この3年の遡上は過去10年の平均を大きく下回り、ワースト8000だったのが2021年は5000になり、それらがコッパー、バルクレー、モリース、キスピオクス、バビーン、サスタット、その他に散らばっていくとなると、水量たっぷりな各河川にたったの数百しか戻っていないことを想像して悲嘆しないではいられません。2023年は2021年に匹敵するくらいで、実際概算が9000とのことですから過去3番目の酷さです。コロナ禍ではきっと各国からの釣り人はほとんどいないからフィッシングプレッシャーは少なく、きっと魚たちにいいことばかりだろうと思っていたのですが、別の大きな事情でスキーナカントリーは危機に瀕しています。(別のページでより詳細に書いてみました。

 

気候危機が叫ばれていますが、ここスキーナカントリーでもその影響を目撃しました。今年は3月から好天が続き、あるべき山頂の雪は早々に姿を消して川の流れはいつになく低くなっています。スミザーズに着いて移動中や川に立ってキャストするその向こうに山火事があり山中から煙が立っています。日本のニュースで知らされる世界各地の山火事を小規模とはいえここで見ることになり、地表がドライアップされていつどこで発火するかもしれないと思わされる状況でした。気候危機は冷水生の魚の生態に影響を及ぼしていると言われていますが、ここ3年スティールヘッドの遡上数が以前とは別次元の減少傾向になっていることは気候変動のインパクトでもあると考えられています。

その昔経験したこのレベルのローウォーターでも遡上はある意味十分で良い釣りができた記憶がありますが、今回は過去最悪クラスの遡上なので釣り事情は全く違います。SkeenaWildはスティールヘッドの危機に他のサーモンでスポーツフィッシングを楽しんでほしい、というメッセージを出していました。これには同意ですし、そうすべき状況です。ということでアラスカの経験をもとにコーホに効くフライを持参して、スティールヘッドはあくまで運、ゼロでもよしとしていました。ホントです。もちろん最もお気に入りの魚とその釣りを忘れることはできませんしサーモンのアプローチが重なることは承知です。けれど意志として、無理をして、フォーカスして追い回すことがないよう心がけた感じです。

今回はUS出張のついででもあったので、竹竿も持たず、コンパクトになる5pcのマイザースペイロッドとシーバスに使っているセージPRL7番4pcで来ました。スティールヘッドを狙わなくてもいいように気楽に流れの中に立てるよう意識したのです。9月の初旬はコーホの季節でもあるので、今までスキーナ/キスピオクスに連れてきたことがないピンク色のエッグサッキングリーチを十分作ってます。

実はこの旅では想像以上に川筋で釣り人に出会いました。主にヨーロッパ方面、アメリカからの釣り人でしたが、彼らも気になっていた場所にようやく来た感じでしたが、言葉を交わすたびに同じ話になりました。サーモンは釣れる、スティールヘッドは釣れない、ということです。

早速サーモンが反応してくれて釣りを始めて2日間はチャム、ピンク、コーホ、そしてチヌークと5種類のパシフィックサーモンのうち4種に恵まれました。そのうちのチャムは31インチのナイスファイターでした。またチヌーク(キング)は概算9、10kgと言っていい、スティールヘッドなら20lbクラスの魚です。ピンクサーモンは川岸に無数にたむろするほどの当たり年で、9月初旬という季節もあってとてつもない数を目撃しましたし、実際よく釣れました。

スティールヘッド Steelhead スウィートグラス バンブーロッド Bamboo Rod Sweetgrass

これは同時にスティールヘッドには大いに迷惑で、ハンピーがスティールヘッドのホールディングウォーターにひしめき合っているせいで流れの奥へと追いやられてしまう話を聞いたことがあります。一方でこういうサーモンの大群の裏に構えて卵を待っているのがいる話も聞いたことがあります。もしそうであれば、スティールヘッドは流れの奥だろう。けれど奥でもハンピーが釣れている。ということであればそのハンピーの近くにいるスティールヘッドはエッグに反応する!?ということでフライはいつものダーク系ではなくオレンジ色のものにして、もう1、2歩奥にウェーディングしてなるべく遠くの流れを釣ってみました。すると、なんと、最低レベルの遡上の中に帰ってきてくれていたスティールヘッドがついに反応してくれたのです。岸際の水辺に横たわったスティールヘッドは輝きに満ちていて、ゲームのプライズというだけでは足りない尊さを感じます。スティールヘッドはナンバーのゲームではないというのがこの釣りを志し、到達してきた人のコメントだと思っていますが、数や大きさが重要な釣り人も世界中にいます。貴重な野生を尊ぶスティールヘッドの釣り人であるならば、自分はその中に入らないようにしていたい。自分にとってスティールヘッドの時間は人生のなかで極めて貴重なメディテーションの時間であり、スティールヘッドは単なるゲーム性が高いスポーツフィッシングの対象ではなく、その向こうにある対象なのです。

 

その後ほとんどいないと分かりつつ、毎朝ドライフライでひと流しをしました。今までだってドライフライで誘い出すには釣り人が相当のしぶとさを見せなければいけなかったわけですから、今季の遡上では出てこなくて普通と思わなければいけません。スティールヘッドは姿を見せることはありませんでした。周辺の釣り人でもサーモンを掛けている姿は見かけますがスティールヘッドが掛かっているところはほぼ見ませんでした。それでも、山火事など痛々しい面を見つつも、4年ぶりに訪れた水の中には各種サーモンがひっきりなしに通り過ぎてゆき、周囲の山々と相まってBCの自然を味わうに十分でした。やっぱりここの自然は自分にとって何にも変え難いものなのだと再確認することとなりました。(ある種類のサーモンは豊漁でスティールヘッドは危機的であるというこの差については別のページで詳しく話します。

 

ウェットフライに切り替えると、早速サーモンたちがコンスタントにフライにじゃれついてくれます。それらはおそらくハンピーで、無理をして掛ける必要もなく、適当にあしらった後はスウィングしたフライが岸際の緩い流れに入ってきて、今度こそコーホを狙ってリトリーブで誘おうかという段になった時にグンと乗ってきた魚を腰を入れて合わせると、その先には今まで何度となく見た水柱が立ち、ひょっとしてと思ったところやっぱりスティールヘッドでした。チヌークはさておき、スティールヘッドは同じ大きさならばその強さや走りは他のサーモンから抜きん出ていて、この魚も油断ならない、緊張感のあるファイトになりました。スティールヘッドはある種の釣り人にとって頂点です。なぜこうも魅了するのか、最高峰の一つとされるのか。その魚はなぜ危機に直面しているのか、人は何かできることはないのか。ちょっと立ち止まって考えてみると、フライフィッシャーの想像力を持ってすればさまざまなことを手繰り寄せ、つむぎ、発見し、感じることができるのではないかと思います。海外の魚ですが、地球の魚です。どこも何かでつながって色々なことが起こっている。スティールヘッドが人間の犠牲にならないように、自分もより責任ある釣り人になれるように、時々立ち止まって考えてゆきたいと思っています。 

スティールヘッド Steelhead Meiser Spey Rod