初めてスキーナカントリーに来たのが1997年、今年2019年で23年目になります。
釣ったスティールヘッドの撮影は本当に難しくて、心をうまく整えることができていません。目つきから躰つきから手にした獲物は野性味いっぱいで、その見事さからじっくり見たいし撮影もしたくなるのですが、取り込んだ後にバタバタと暴れられたらそれはもう大変で、こんなことしてていいのかと思ってしまう。イワナやヤマメがネットに収まってパクパクしているのとは迫力が違うのです。
今年は本当に釣れない年でした。滞在日数の9割がスカンク(つまりボウズ)。川岸で会う釣り人たちと話してもとにかくスローの一言。昨年はほぼ毎日アタリがあったのですが、今年は一転、カスリもしない。気配も感じない。どうやら自分はとりわけヒドイようで、スペイの釣り人はちょこちょこ釣っている中でほぼ毎日川岸唯一のスカンク野郎といった感じでした。初日はハイウォーターで仕方ないにせよ、日を追うごとに水位は下がって絶好のコンディションに見舞われながらこれですから、経験したらどんな気持ちかと思っていた完全ボウズを頭に描き始めました。とはいえ、せっかく年に一回のカナダの釣り。高い山と深い森に囲まれたスティールヘッドが帰ってくる河に浸かってフライを流すことができるのだし、手には素晴らしいバンブーロッドが握られていて、まさにこの場所のためのカスタムメイドですから、過ごす時間を楽しむのが良しとしていました。もちろんスティールヘッドを諦めたわけではないんですが。
5日目の朝早く一番に入って、ドライフライに向いた瀬を釣ってゆきます。ペースを乱さずに丁寧に長いランを流したのですが、何もない。私はドライでは立ち込み過ぎないので後ろのスペイの釣り人にとってはほぼバージンウォーターのはず。その人たちに掛かれば魚がいるのだと士気も上がるのですが、何もない。全員ない。やっぱり今年はうんと少ないのかと納得せざるをえませんでした。お気に入りの場所でこれですから相当なものです。
しかし、わからないものです。釣りというのは釣れる時はいとも簡単で、釣れない時は我慢や精神が試されるかのようになってくる。イライラが募ったり、瞑想状態に入ったり。特にスティールヘッドの釣りでは。やっぱりFish of a thousand castsは的を得ていると思うのです。ほんの稀にイージーな気になったりするのですが、過去を振り返れば9割の釣行はこの言葉の通りだったと思える。手はガサガサになり、指のあちこちが切れ始めたり、腰に響き、両肩は上がらなくなってくる。それでも河に向かい水に浸って乱れたキャストを繰り返す。魚が掛からない理由をあれこれ考えたり、仕事のことを思い出したり、あれも、これも、モヤモヤと頭の中に湧いては消えてゆく。千回のキャストの後にやっとくるかもしれない魚釣りの実際です。
昼は場所を変えて、ウェット一本に。
それにしても釣り師の釣った魚の大きさに関するいい加減さは相当なもので、特に大きな魚をあまり見てないと、すぐに1メートルくらいあるように見えてしまう。これは世界共通なのでどうにもしようがないんですが、自分自身に疑問を持つようになってから必ずメジャーを持って歩くようになり、「おお、これはこれは」という魚にはここ10年メジャーを当てて確認しています。見事なファイトをした幾つかの魚たちはどれも計測33、34インチでした。オスであればこれでも15、16ポンドクラスですからもう十分凄い魚たちで大満足です。しかし今回おもいがけず出てきたのは桁違いでした。
瀬がくだってその後深くなるところに差し掛かった時、突然ギュギュッと引っ張られました。なにせほぼ5日間、何もない状態ですから本当に突然な感じです。体が反応し腰を入れてグッと合わせたところ、いきなり20メートル先の水面高く飛び出てきた魚が大きくてびっくりしました。そしてラインの張りがなくなります。ああ、どうして!まさに天を仰ぎ、こうべを垂れ、肩を落とし、呆然となりました。その間数秒、諦めてラインを回収していると、なんと魚はまだ付いていて、上流に向かっていたのです。もう一度魚にテンションが掛った後は、それはもう、凄い叫び声をあげてハーディゼニスが逆回転し始めます。ちょっとの悲鳴じゃないのです、長いこと大声でずうっと。斜め下流に伸びる糸は果てしがないかのように、いつもはあの辺で止まるだろうというところをはるかに超えて、あまりしたことはないのですがリールのバッキングを確認したら底が見えそうな気配。水から上がって下流に足早に歩いてラインを回収しにかかります。
それにしてもまだ付いていたなんて。これは大きい魚特有のちょっと普通じゃない動きだゾ、と思いつつ、とにかくラインを巻き取って安心のフライラインまで距離を詰めます。ようやく走るのを止めた魚は遠くの水面で今度はもがきのたうちます。わずかに見える先で水面が暴れ、銀箔が水の中に翻るたびに断絶の可能性の恐怖を感じまず。そんな時に無理なテンションを与えれば針は弾かれてしまうことが多いのです。わずかな竿と手元の糸の繰り出しによってこれを回避しますが、シングルハンドだと操作に手応えがあって、このダイレクト感はスペイの釣り人には味わえないでしょう。
さて、ここからは引き出されたり引き戻したりの応酬です。それなりのサイズになればスティールヘッドはとにかく重い。とにかく強い。そしてもう一度水面を割って飛んで出てきました。つながるラインの遠くにその全身が見えて不安に襲われつつも、これが見たかったのです。この自然に囲まれたこの魚とのやり取りが毎年夢に思うことなのです。この時はラインをすぐに放すことができて難を逃れることができました。
ファイトはトータル15〜20分くらいでしょうか。前半派手に走って飛んだせいで、思ったよりも時間はかかっていないと思います。岸の水辺に誘導し、横たえたその魚にはネットマークと思しき跡が見られました。一度コマーシャルネットに入った後逃がされたのでしょう。それにしても見事な魚でした。頭の先から尾びれの中央でメジャーは40インチを超えて計測しました。胴廻りはピタリ20インチ。スキーナスティールヘッドのチャートで確認すると23ポンド。20ポンド超えは本当に久々。いつかはと描いていたバンブーロッドによってもたらされました。
(例によって一人で釣りをしている関係で写真はこうなってしまいます。手はワナワナするし、魚は暴れるし、いい写真はあまり取れずでしたが、それでもこの貴重な野生を余計に痛めつけたと思うよりもサッと逃して正解でした。でかい魚なので引いて撮影しないと全身が入らない、なんて久しぶりです。)