いまさらながら、といったほうがいいのかもしれない。2008年はじめて経験したニュージーランドの鱒釣りはフライフィッシングの喜びに満ちたものだった。
ニュージーランドの鱒釣りは対象が原産でないところに若干の違和感を覚えるものの、根付いて100年以上、世代交代を繰り返し、今では北も南も含めて全土のありとあらゆる水の流れを辿ってブラウントラウトが住み着いていて、現地の川岸に立てば、そんな違和感などドウッてことのないものだと思わされる。それくらい流れのなかに発見する鱒たちは水になじんでいて、アウトドアスポーツとしてのフライフィッシングを最高に演出してくれる稀な対象であること間違いナシ、である。
もしあなたがNZ行きのチャンスを得たら?悩むことはない、フライフィッシャーであるのなら。ロッド1本を携えて、現地の店で釣券とガイドブックを購入し、気ままに行くことである。
多くの道路は舗装されており、また、されていなくても2WDのハッチバックで十分鱒釣りを楽しむことができる川にたどり着ける。そう、ちょうど日本のように。
地図を広げて、橋を目印にドライブすれば、そこがまずはアクセスの場所。後はちょっとの面倒を肩越しに放り捨て、100、200、400メートル、あるいは1キロと上流あるいは下流に歩いてゆけば、きっと面倒くささを背中に背負った人があまり行き着かない流れに出ることができるだろう。
あるときNHKで英国紳士の鱒のフライフィッシングを紹介する番組があった。スプリングクリークの川岸にパイプを燻らせつつ静かに歩を進める釣師の姿が映されている。釣師は鱒のライズを探して水に気を配り、発見してそこでやっと竿を振り込む。ニュージーランドのここWaikaiaリバーの釣りはまさにこれを思い出させられる釣りになった。
何も知らない自分は、まず、とにかく歩いてみた。日本の渓流釣りのようにどんどん歩いてポイントをたたいて進む。ところが流れは穏やかで、淵と瀬が長くゆっくりと連続する、日本ではまったくなじみのない川の表情に早速戸惑うことになる。それでも歩き続けて行くと、流れの中を魚が動く、走る、逃げる。魚はいるのである。しかも岸際の浅いところにも、結構な大きさの鱒が。
逃げ惑う魚たちにフライを投げ込んでもとっくに遅いのはご存知の通り。こうしてポイントをつぶして歩いてゆくと、今度はライズがある。よくよく姿勢を観察に移行すれば、実は魚は水面近くにいる。水生昆虫の羽化もある。鱒はその自然に呼応している。今度はゆっくり歩を進めてみる。川岸に注意を払い、対岸の草木際にも注意を払う。すると4、50センチの鱒が静かに水中に沈んでいるのが見えてくる。中には鼻面を出して餌を取っているのまでいたりする。情けない話だけれど、そういう自然が見えてくるのに半日かかった。おろかな都会のビジネスマンは、コンクリートの上を革靴でゴツゴツと歩くかのように水辺を歩いて魚を一通り散らさないとわからなかったのである。しかし、間違いを正面切って行えば、今度は駄目な自分から1歩前進した何かが見えてくるというもの。以降は川の生態と鱒の挙動を楽しみ、一つ一つ自然科学の現場を過ごす時間になってゆく。
New Zealand Mataura River翌日、気が急ぐ釣り人は5時に早速ベッドから這い出して、朝一番の川に立とうとする。カナダでは常にそうしているから、その慣習のままに川に出かけた。ところが早朝のアタックはあまり思わしくないのではないかと5日目にして思いつく。
そこでよく観てみた。空中には小さなカゲロウが舞い始めて、中にはカディスも羽ばたいている。川岸に腰を下ろして水面を見てみると、一つ、二つ、三つと魚が創る波紋があるではないか。この時間帯こそがもっとも楽しめる時間であることにようやく気が付く。明るい夏の日差しの中でライズを拾える釣りができるなんて。何たる幸福。
仮にライズがなくても、瀬の中にはニンフの浮上を待ち構える魚がいて、ウェットフライのスウィングに激しく襲い掛かる。この方法はハッチの時間帯でなくても効果的ではあったけれど、この時間ではなおさらである。10時前後辺りからは非常に重要な時間である。
マタウラ周辺のイブニングライズのすごさはうわさどおりで、Waikaia川(ワカイア、あるいはワイカイア)も十分に激しい。夏の日は長く、本当のイブニングライズは9時過ぎで、暗くなるまで川にいようと思うと10時近くに車に戻ってくることになった。
本当に暗くなる寸前、実際9時半くらいになると気が付かぬうちに無数のスピナーが舞い飛び、大きなライズリングがそこかしこで広がる。この興奮の時間、自分に成果はなかった。投げ込むフライに出ないことはないけれど慌てて合わせているのか、魚は乗らない。ドライが駄目ならウェットに変えるけれど、カツンと来るアタリに魚が乗らない。。。次々に広がるライズに比べるとフライに反応する回数が極端に少ない気がしてフライを次々に変えたくなるし、鼻は出るし、涙は出るし、ラインは絡まるし、なすすべなく暗闇に取り囲まれてしまった。
反省。ウェット一本で行くべきだった。しかも表層を泳ぐような厚めのドレッシングのもの。サイズは大きめ、#4-8のもの。余計なことをせずに、これだけでやってみるべきだった。
もともと薄暗い釣りはあまり好きではなく、それは釣れた魚の紋様が楽しめないからなのだけれど、それにしても今回の旅でたった1回のイブニングの釣りに久しぶりに慌てふためいて、しばらく忘れることができなさそうである。