スティールヘッダーたちの間でも時々話が出るトロピカルフラットでのグランドスラムですが、予算からして全く遠い存在です。いつか出来たら・・・ボーンフィッシュやパーミットの洋書を読みながらずいぶん長いこと想い続けていました。ゴールドのリールで浅い水に立ち込んで獲物を見つけてそれを狙う。昔からフライフィッシングの絵の中にあった遠いどこかの話でした。ところがそれに近いことが日本でも出来そうなことを知って、まず奄美を体験し、痛い目に遭わされ、関東から走れる浜名湖でも盛んに行われていることを知って、一念発起、ついに2021年に手を出し始めました。環境や魚とのファイトは洋書で見る写真や書かれているボーンフィッシュとは違いそうですが、とにかくフラットのサイトフィッシングが日本でも確立されはじめていて、情報を知るにつけ手を出さずにはいられませんでした。知人のつてで浜名湖でクロダイを釣り続けている人にお願いし、初めて案内されたわけです。
苦労を承知で、自由にやりたい性分なので、浜名湖はフラットへのアクセスさえ叶えばその自由を手に入れられます。友人のカヤックにお世話になって到達した場所はサイトフィッシングができる魅力的な場所でした。早速引き波を立てて魚たちが動き回っているのを目撃し、興奮と期待感が高まりました。ですが、それが徐々に沈静化せざるを得ない、相手の強敵ぶりを思い知らされることになってゆきます。
まずクロダイの性格、釣り師の水の中での歩き方、潮の流れを読んだフライを投げる方向、つまりリトリーブの方向、フライのウンチク、フック先端の鋭さ、リトリーブのコツ、フッキングの技、潮の満ち引きで起こるチャンスの時間帯などなど、様々複合要因をしっかり押さえていかないければいけない上に、フラットは風が吹きっさらしで、この複合要因を達成するのとは別にキャストが風の中でできるような技術もなければ話にならないと。スティールヘッドや渓流の釣りでも同じく色々ありますが、長いことやってきた蓄積があって、釣りが成立する最低限と好みのやり方もよくわかっているから今更たいていのことに驚くことはないのですが、浜名湖のフラットでは全く違うフライフィッシングを体験することになりました。これを楽しめているのかというと未だ疑問ですが、間違いなく面白そうだと感じています。
まず面白そうだというのは、見える、そこに魚がいるのがわかっているということです。想像していただきたいのは管理釣り場の虹鱒です。浜名湖のクロダイは時にそれくらいに感じるほど、魚は大勢います。しかもどれも野生の魚で立派な魚。しかもフラットには餌を食べにきている。この状況ならフライフィッシングをやる気にさせられるでしょう!?
しかし彼らは野生ゆえに警戒心がすこぶる強く、また野生ゆえに人間では読めない気まぐれぶりです。クロダイはフラットに餌を漁りにきているわけで、その行動をとっているのですが、警戒を怠ることはほとんどなく、全身センサーとなって違和感を察知します。フライが上に落ちれば、空中でも水面でもラインが見えれば、水中のティペットに触れれば、違和感のある音がすれば、水中を歩く砂煙だろうと、水面を走る鳥の影だろうと、そのどれにも反応して散ってゆく。その神経質をかわしたとしても、そしてうまくプレゼンテーションしたと思われても、そう簡単には食ってこない。ほとんど食ってこない。フライを突いたり甘噛みしたりするそぶりは手元に伝わってくる時がありますが、とにかくばっくりと食ってくれることが少ないのです。トラウトのセレクティブな感じとはかけ離れている、餌を食べているくせに全て毒見しているかのような警戒ぶりで、そう簡単には針掛りするような食い方をしてくれないのです。その上口が固く、ピンピンに研いであっても警戒されているから掛からないことがほとんどで、ましてや甘い針先ではお話にならないくらい掛からない。とにかく、魚はそこにたくさんいて、餌を食べに動き回っている。でも釣れない。そう簡単には釣れない。それがフラットのクロダイ・フライフィッシングです。
例えばヤマメだとあそこの尺ヤマメ、あの淵のイワナなど難敵もいると思いますが、クロダイは全体的にとても厄介な感じがあります。フラットには藻が生えていて、その切れ端が潮の動きとともに流れているのですが、フライにその藻が少しでも絡んでいたり、あるいはテールが、ラバーレッグが、針に絡んだりしていたらほぼノーチャンス。潮の流れと反対に泳ぐフライにはチャンスがあるが、その逆はこれまたほぼノーチャンス。歩いて移動している時に水音を立てているようではノーチャンス。針先が甘くなっているのに釣りを続けたとして、口内が硬いクロダイにどう掛けようというのか?などなど体験して、聞いて、観て、色々やろうとしても本当にうまくいかないことがほとんどで。この日案内してくれた知人は5本くらいを釣っていましたが、私はスカンクと思われた竿仕舞い直前の夕方に引き波を立てて上潮に乗ってくる群れにやけっぱちで投げて引いて掛かってくれた1匹のみ。それでもこの釣りは興奮誘発する要素がふんだんにあると思いました。
その翌週には初回に感じた様々をもってフライ制作に向かい、なんとかこの釣りの手応えをつかみたいと同月の翌々週に再び浜名湖に向かって深夜車を走らせました。フラット上は爆風で、唯一風下に向かって投げるしかない中で、初回に得た生半可な知識のもと少しでもフライがうまく泳ぐ場所でテーリングを探しましたが、水面は荒れてそれどころではない感じでした。遠くに僅かに見つけたテーリングに向かってうまいポジションを取ろうと回り込んでいるうちに魚はどこかに行ってしまう。これを何度も繰り返しているうちに、なんとなくこの辺によく見かけるという場所でしつこく投げているうちに、突然ググッと。この魚は体高を感じる十分な手応えのヒキを手元に伝えて、初めて一人でフラットに立って、背鰭が鋭く立った獲物を見て、とても感動しました。その後同じようにもう1匹を得ることができ、この年のクロダイは終わりました。
つまり、クロダイ挑戦初年度の2021年ではサイトで釣れたワケではない、ということです。