クラシックサーモンフライ

リーガルバイス Regal Vise

ここ5年ほど、毎年正月明けにはバイスに向かってクラシックサーモンフライを巻いています。フライフィッシングを始めてもうすぐ40年経とうという感じですから、友人から譲り受けたものも含めて手持ちの材料は相当なものです。人生も残すところ長くないかもと思ったりして、ありったけの材料で巻いてやろうと、買い足すことなく今まで惜しんできた良い材料の良い部分だけを使います。

北米で著名なスティールヘッダーのハリー・レミアも晩年クラシックサーモンフライを盛んに製作していました。しかもバイスを使わない昔ながらの手法で、ハンドタイイングに取り組んでいたようです。そのフライは雑誌の裏表紙を飾ったり、タイヤーの集いでデモを行ったりしていた記事を何度か見かけました。ある時友人に、作るのにどれくらいかかるのか尋ねられたところ、「なに、大したことはないさ、ほんの2日ほどだよ」と答えたとか。憧れのスティールヘッダーの言葉はいつも自分に刺さります。

昔はとにかくセコくて、手に入れた材料のあまり良くないところから使うようにしていました。技術も伴わない上に材料もイマイチなので仕上がりはたかが知れています。それでも製作する毛針は常に使用することが前提なので、酷いキャストでどうなっても惜しくないように、とにかく水に泳がせていました。魚の口元にきれいなフライがかかっているのを想像する方が楽しいので、額縁に入れるために作ることはほぼなく、どんなに綺麗に作ろうが水に入れてうまく泳がないのであればバラシして作り直すこともありました。

フライの構造にはアンダーウィングがあって、それが水中での体制をうまく整えているのではないかと想像したり、ミックスカラーのマリードウィングが魚には良い具合にぼやけて見えているのではないかと想像したり、トッピングは背筋を表現しているのだろうか、ジャングルコックはやっぱり目玉かなどなど、アートでありつつも命の要素が盛り込まれているだろうと疑っています。そう思って一つ一つの材料を巻き留めてゆくほうが生命が吹き込まれるような気がしたり?サーモンフライに関する本を何冊か手に入れて読んでいると、昔も実際の釣りに使うことが前提であったと思うのです。なぜそういう構造になっているかは、豪華に飾り立てるためのものでもありつつ、バランスよく水中を泳ぎ、その季節の自然の中で魚を誘うために出来上がってきたとも思いたいワケです。次第にアートへの発展が著しくなり、さらに貴族趣味的に滅多に手に入らない希少種の鳥の羽を使うことで誇示するブルジョア感が増してきたのではないかと想像します。

現在この世界は実際に釣りをしない人がのめり込んだりすることもあるようですが、それは釣りをせずにキャスティングにのめり込む人と同様なのかもしれません。一部の狂信的マニアは栄華を極めたかつてのレシピを忠実に再現しようとレアマテリアルを貪り、材料費を含めて一つのフライがロッドやリールの値段に匹敵するものになってゆきます。

クラシックサーモンフライ CLASSIC SALMON FLY

2021年、せっかくなので巻いたことがないものをつくろうと重々しい蔵書のカラープレートをめくります。これまでスティールヘッドでの実践を優先して暗めでシンプルなフライを選んでいましたが、それらは既に経験済みなので、今まで手を出さなかったちょっと複雑なもの、かつ材料がほぼ揃いそうなパターンを選びました。長年バイスに向き合って散々材料をいじり回してきたので、各部位のバランスも手持ちの材料の代替や大小に合わせて応用を効かせれば良いと割り切れるようになってきました。本で確認した後は、せっかくなのでインターネット上の他のドレッサーのフライも見て回ることにして、紹介されているケルソンやタナットのレシピを確認します。そこには写真で見ただけでは気がつかないことが出ていることもあり、レシピを元にドレッサーが工夫して組み立てると仕上がったフライには製作者の個性がきっと現れていると思います。以前はとにかく写真の通りのフライを目指して作っていたのですが、最近はかなりフリースタイルになってきて、自分のバランスが出来上がりつつあるように思います。フライ自体、あるいは製作の技術、材料の特製への理解が深くなってきた?のだと思いたいところです。

そんな中、検索の中に興味深いものが混じって出てきました。「大英自然史博物館珍鳥標本盗難事件」です。この本の著者は実際にフライフィッシングをする人物で、釣りをしている時にガイドから2009年に起こった稀有な事件の話を聞かされます。フライフィッシングに興味があったからというよりは犯人が事件を起こした理由に興味を持ち、ジャーナリスト魂に火がついてこのマイナーな出来事を追いかけ始めます。サブカルチャー的なところはバンブーロッドの世界も同じですが、貴重な羽をめぐる人々のそれは狂気とも言えるかもしれません。欲する羽はすでに採取してはいけない生き物のものばかりなのです。ちょうど私もサーモンフライのレシピを見つつ、そこに出ている羽がどんな鳥のものなのか、どの部分の羽なのかなど、ネット上の情報を見ながら代替のものが本物とどう違うかを確認していました。本物があれば使いますが、10枚で5千円、1万円するような羽を買おうとは思いません。ましてや深夜ガラスを破って博物館に忍び込んで盗もうなどとは。リズム感のある文章と見事な構成、疾走感のある展開で一気に読み進みました。アメリカ探偵作家クラブ賞や英国推理作家協会賞にもノミネートされ、名だたるメディアでも絶賛のレビューが書き置かれています。 ぜひご一読を。

フライフィッシングの歴史を感じたくて私もこの世界を楽しんでいますが、狂喜を宿して羽探しに当たるほどではありません。美しく、よく泳ぐ、ラインの先に結びたくなるフライであれば十分なので、適宜似たような代わりの材料をあてて製作しています。ただ全体的な形や仕上がりには気をつけて、クラシカルな雰囲気と同時にディテールにも気をつかいます。特に気をつかうのはヘッドです。デック・ホーガンも大きいヘッドは沈みにくいと言っているように、水流が当たる最先端なので小さく形良く整えるようにしています。

以前は1時間かせいぜい2時間で一つ巻き上げていたのですが、先のハリー・レミアのように2日掛けるかのようにゆっくり、材料は納得の行く場所、向き、形になるよう一つ一つをしっかり留める。調子があまり良くなければ迷わず休みを取って、足掛け2日で仕上げることも多く、述べ4時間から6時間かけていると思います。

シド・グラッソのフライは素晴らしい流線型で、力強く、かといって硬い感じがしない。フライ製作を深く理解しているかのようにアレンジや応用が利いて、私が参照するフライの筆頭です。タグが短めでシルク部分はちょっと太め、ボディもやや太い感じで、最後に小さくまとまったコーンヘッドがとても特徴的で素敵です。やはり最終仕上げであるヘッドの処理が雑なフライは好きになれません。ヘッドが大きくならないようにアンダーウィングの取り付け位置や順番にも気を使い、最近はセンパーフライの強度のあるスレッドを使うことで仕上げに大きな違いをもたらしていると思います。最終仕上げのヘッドセメントはモノの本によれば3から5回のコーティングをするように書かれています。面倒に思わず1回目をゼリー状の瞬間接着剤、その後同じくゼリー状瞬間接着剤で2回目、場合により3回目で綺麗に仕上がります。ブラックのヘッドにしたい時は黒のラッカーを2回目かあるいは3回目にコーティングしています。

Greenwell

Greenwell Classic Salmon Fly クラシックサーモンフライ

本では見かけたことがなく、インターネット上でこのパターンを知りました。グリーンウェルは手持ちのジャングルコックを4枚使える贅沢なパターンです。全体に薄いブルーの爽やかな印象だったので細身で流線型のバートリートに巻きました。サイドやスロートに薄く柔らかいダック系の羽を使い、黄色いすじのウィングとともに素敵な配色でまとめられています。スティールヘッドのフライはシルエットがはっきりするような配色や材料のものが多いので、まさかこういうフライを作ることになるとは思っていませんでした。それでももちろん、いつかはスティールヘッドの流れに投じてみたいと思います。ボディはちょっと太めにしてフラット&ツイストティンセルのコンビネーションに負けないようにしたつもりです。

Gordon

Classic Salmon Fly クラシックサーモンフライ Gordon ゴードン

ゴードンはいろいろな本に掲載されているメジャーなパターンですが、いろいろな派生が生じた珍しいフライのようです。本に出ているのを参考にネット上でも確認していると違うゴードンが次々に現れてきました。そうであればこちらの自由度も増すと考えて、特徴ある部分は踏襲しながら良いとこ取りで組み立てたのが右の写真です。フロスボディなのでシャープな印象のバートリートフックを使用し、貧弱にならないようにあえてボディの長さをとってみました。計4枚のアンダーウィングはなかなかのボリュームで苦戦しつつ、そこにピーコックハールがチラ見えするように留められて、独自の雰囲気を醸し出します。短めで太めのシルクのタグにし、スレッドカラーでそのままヘッドを小さく仕上げてみました。

Black Dog

Classic Salmon Fly クラシックサーモンフライ Black Dog ブラックドッグ

いつかは巻いてやろうと考えていたのがブラックドッグです。凝ったボディが印象的で、同時にちょっと面倒に思い、手を出していませんでした。黒系でありスペイフライのグループに所属するこのパターンはきっとスティールヘッドにも効くはずです。一部ウィングは簡素化し、タグのシルクはイエローではなくあえてオレンジに。ハックルは本来鷺のものになるはずですが、豪快なウィングにはちょっと華奢でアンバランスに感じ、またスティールヘッドを考えて黒くボリュームのあるシュラッペンを使いました。レシピではトッピングは2つ付けることになっていますが、その技術がなく、無理をせずに1つで終わらせています。サイドのレモンウッドダックの取り付けは人によって違うのですが、自分で気に入ったバランスの良い方法を選びました。

Druggist

Classic Salmon Fly クラシックサーモンフライ

インターネット上で知ったパターンです。ティペットのウィングはあまり好みではないのですが、これはどちらかといえばシンプルなウィング構造でハードルが低く、ツイストティンセルを使ったパターンを探していたということもあり、挑戦してみた感じです。喉元のハックルはネット上のものはブルーに染めたギニアでしたが、せっかくなのでブルージェイを使い、ヘッドは使っていたスレッドのカラーをそのまま使ってみました。その方がよりクラシカルな感じになるように思っているのですが。ローウォーターNのフックを使いましたがちょっとバランスがよくなかったように思います。バートリートを使ったほうがよかったかもしれません。

Champion

Classic Salmon Fly クラシックサーモンフライ Champion チャンピオン

本の中で出会ったのではなくインターネット上でこのフライを知りました。ツイストティンセルが手元にあってもなかなか出番が少なく、これを使えるフライを探していました。チャンピオンはどちらかといえばマイナーな方だと思いますが、バードウッドダックのアンダーウィングが個性的で、各所に散らばるブルーも魅力的です。多色展開のボディにフラットティンセルとツイストティンセルのコンビネーションもなかなか豪華。チークにはカワセミの羽を使いました。手元にくすんだものしかなかったのですが仕方がないところです。それよりもチークの取り付けはルーフの取り付け後にすべきでした。昔本で覚えた順番に習ってこうしてしまったのですが、ちょっと後悔しています。

Floodtide

Classic Salmon Fly クラシックサーモンフライ Floodtide フラッドタイド

フラッドタイドは全体が黄色く、実はあまり好きではありませんでした。そしてスティールヘッドのフライで黄色で成功しているパターンは聞いたことがないので長い間このフライを作ろうとは思わなかったのですが、Fishing Atlantic Salmonに掲載されているシド・グラッソのものを見て印象は大きく変わりました。本来のレシピではハックルはイーグルですがこれはマラブーです。ウィングも有りあわせで、レシピよりもちょっと簡素化していますが、肝心のアムファーストセンターテールがあったので雰囲気は保たれていると思いたいところです。ボディはスティールヘッド向けに明るい黄色の代わりに薄いオレンジからスタートさせてヘッドに向かって濃くなってゆきます。仕上げのヘッドはスレッドカラーそのままのにしてコーティングを3回。

 

カラフルな鳥の羽で飾られたフライは確かに美しいですが、どことなくまだ硬さが残るようにも思います。水中の生き物の雰囲気は、実際は獣毛のほうが表現に長けていることが多いような、実際のゆらめきや透明感などはこちらの方が魚にも魅力的なのではないかと思います。それを積極的に取り入れたリーウルフなどのアメリカの釣り師のアイデアは本当に素晴らしい。飾り立てることより釣りの実質を考えたこうした材料の選択はアメリカ的な思考がもたらしたものなのかもしれません。あるいはアメリカの方がフライフィッシングはもっと間口の広い、自然と関わるスポーツと捉えられてきたからでしょうか。スティールヘッドパターンでアトランティックサーモンは釣れるけれどアトランティックパターンではスティールヘッドは釣れないと言われる所以だと思います。実際にそんなことはないですが、より誘うのはスティールヘッド用の多くのパターンかもしれません。クラシックは鳥の羽をメインに製作するのが基本なのでしょうけれど、獣やシンセティックの材料をうまく混ぜてやってみるのも面白そうです。

Mar Lodge

Classic Salmon Fly クラシックサーモンフライ マーロッジ Mar Lodge

そこで早速ちょっとしたアレンジを加えたのが右の写真です。マーロッジは様々な本に登場するので昔から人気のパターンに違いありません。シンプルで渋目のフライですが、なぜか今まで巻こうとは思いませんでした。ちょっと手間がかかるティンセルボディを敬遠していた感じです。

軽くシャープな感じにしたかったのでバートリートフックを使いました。比較的浅い瀬が続くところでグリースラインテクニックで使ってみたくなります。レシピではアンダーウィングはティペットですが、ここではシャトリュースのグローバグヤーンをうっすら入れてみました。これが魚を引き寄せるか、あるいは敬遠されるか。。。